ダサいVHS時代を克服した2000年代

気持ち悪くダサかった80年代・90年代

80年代90年代というと、なぜか多くの人が豪華なバブル時代や90年代後半の若者文化を連想するのだが、筆者がまっさきに思い浮かべるのは80年代から90年代前半の気持ち悪すぎる時代だ。この時代には呼び名がないが、この記事では「VHS時代」と呼ぶことにしよう。VHS時代は気持ち悪かった。

当時の映像やVHSやコンパクトカメラの写真には吐き気がするし、ゲームもファミコンゲームボーイの音源が不気味すぎて嫌いだ。第一、一般人のファッションが気持ち悪すぎで、特に子どもは悲惨な格好をさせられていた。こんな時代を自分が過ごしてしまったことを汚点に感じる。この感覚は今の10代以外の平成世代の人ならみな持っている感覚だろう。

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「子どもの頃怖かったもの」「怖いCM」で挙げられるものがどれも80年代90年代のものなのもそれを物語っている。どれも無機質なだけでなくこの世のものではない物体・キャラクター・音が子どもたちを怖がらせた。日本に限らず世界中この時代のものは不気味だった。筆者が特に気持ち悪いと思うものは、SMAPのベストフレンドのPV、大塚美容形成外科の昔のCM、NHKお話のくにの人形である。地方のテレビ局で昔あったクロージング放送も嫌いだ。最も嫌いで見るだけで吐き気がするのは救急箱のCMだ。退色した映像と古いこもったスピーカーみたいな音声もさることながら、赤ん坊と雛鳥が戯れて「ヒヨコッコみんなお母さんから生まれてきた~」と歌が流れる様子が古い古い時代のメルヘン思想全開で自分の幼少期を思い出してゲボな気分になる。

 

VHS時代にあった「メルヘン志向」

日本のメルヘン志向の萌芽は1970年代であるが、それらは地方の高原地帯にあるロッジやカフェーに行くといった若い女性たちのファンシー趣味だった。そういったメルヘン志向が大きな広がりを見せたのがVHS時代であり、その中ではサンリオが大成功をおさめた。だがVHS時代のメルヘン志向は全体的に胡散臭く宗教じみていて、悪い夢の中の世界のようなサイケ性があった。子どもたちはみな原色系の色の服でオーバーオールに謎のキャラクターの大きなワッペンが縫い付けられていて、花の萼みたいなものが付いた靴下だったりプロペラ付きの帽子だったり少年は坊ちゃんヘアーだった。

大衆的な文化にしても、メルヘン志向が際立っていた。『翼をください』、KANの『愛は勝つ』、『それが一番大事』といったあからさまなカノン進行に乗せて奇妙なほどポジティブで平和的なメッセージを唱える歌が流行った。またこの時期の日本にはおとぎの王国への憧れというのがあって、いたるところに気球や風船やおとぎの国の城、そしてそこにおとぎの国の兵隊や動物たちがいる、といった絵がたくさんあって不気味だった。この頃日本は遊園地がどこにでもあって、そういった場所ではこうしたメルヘン地獄が最も展開されていた。アンパンマンやサンリオもやはりそういった世界だ。

 

オールド左翼とメルヘン志向

VHS時代にメルヘン志向が蔓延した原因にはまずバブル的な価値観があったといえる。公共の場の意味不明なオブジェや地方の遊園地のメルヘンチックなアトラクションや置物は、当時はそれが無くなることなんて考えていないのだ。これがバブル崩壊後になると現実逃避的な意味合いもあったのかもしれない。ただ、バブル的な価値観は要因の一つに過ぎない。もう一つはオールド左翼の存在があったのではないだろうか。

戦後昭和には左翼主義者たちの運動が盛んになり、それらは60年代には学生運動や暴力的な事件が起き、70年代には欧米に感化されてヒッピーカルチャーが興った。別に左翼活動家や根っからのヒッピーでなくても、当時を経験した芸能人や文化人たちは少なからず左翼的な部分があったと言える。ただそれ以外だと、日本の戦後左翼主義者たちはだんだん宗教じみていった。「反戦」「平和」を訴えるのは結構なのだが、子どもたちと平和の歌を歌って白い鳩の折り紙を折れば世界平和が訪れる、みたいな感情論的な方向へ向かっていった。そうした中で、特に教育・福祉界では左翼主義が根強くなっていっただろう。教育は思想を教えるための手段になるのと、子どもや福祉を受ける対象が戦争といったものから最も遠い愛おしい弱者だからだ。こうした教育・福祉系の左翼主義者に主に高齢の老婆が多いのも、自らが弱いと考えているのと母性的なものを重視しがちだからで感情論的な理想主義(宗教など)に走りやすい。

平成世代ならこうしたオールド左翼の理想主義に散々振り回された悪い記憶がある。使っていた教科書の写真はダサすぎるファッションの人や、プリントには謎の天使や小人といったこの世のものではないキャラクターが描かれていておぞましかった。私の地域では無かったが、合唱で平和の歌や反戦シュプレヒコールを歌わされたり、音楽の教科書に載っている君が代をプリントで隠す学校もあったかもしれない。

そして、特に害が大きかったのが福祉の理想主義とそれの押し付けだった。VHS時代には何故か"特性のあるアレ"が多く、それに関連した施設が増加した時期でもあった。そうした施設はほとんどがとてつもない僻地にあり、そうした場所は無機質な作りな一方で手作り感あふれる奇妙な工芸品や絵や装飾(折り紙の鎖など)が飾ってあって、そこで"特性のあるアレ"と施設関係者が蠢いているのだった。それは普通の感覚からすれば地獄絵図だった。施設関係者やそういったものを称賛する者は理想主義的なオールド左翼が多くて、普通の子どもたちに"特性のあるアレ"の世話をさせたり、そこで作られたおぞましいパンやクッキーを食わせるなどした。理想主義者はそれが「平和」だと考えていた。 

VHS時代の『翼をください』やアンパンマンなんかはオールド左翼的な理想主義をすごく感じる。事実このふたつはよくオールド左翼の理想主義者が福祉で多用するコンテンツだ。VHS時代には世間的にクレヨンしんちゃんが有名になったが、あれだって初期の頃は90年代にありがちなブラックユーモアであったのでしんのすけは微妙だがボーちゃんは間違いなく"特性のあるアレ"だと分かる。

 

2000年代には完全にホラーだったVHS時代の遺物

2000年代では80年代・90年代前半は完全にホラーコンテンツだった。薄暗いVHSの映像やコンパクトカメラで撮られたコントラストの強く奥が暗い写真、そしてそこに映る人々のメルヘンチックなファッションや部屋の小物などが恐ろしく見えた。まだ1970年代や戦後のモノクロ時代の方がよほど2000年代の若者にとっては親しみやすく、VHS時代は悪夢のようだった。特に自分が親の趣味でハローキティサザエさんのタラちゃんみたいな格好で映る写真は無かった過去として葬りたいものであろう。子どもだけでなくて大人ももっさりした髪型やすだれみたいな前髪の女性、そして巨大な眼鏡など見るに耐えないファッションだった。ファミコンゲームボーイの映像や音源はこの世のものではなかった。

それだけでなく、2000年代にはまだVHS時代の遺物がそこかしこにあった。メルヘンチックな作りだが外壁も瓦も薄汚れていて窓も黄ばんだ家、その家の中にはボロボロのオーバーオールのクマやウサギや天使の人形、プラスチックか何らかの樹脂でできた家具や子ども用のおもちゃは汚く変色していた。そういったものを親戚の家など他人の家で見るたびに吐き気がした。2000年代には昭和の時代に建てられた遊園地やゲームセンターは廃墟になるか風化していた。そこにはこの世のものではないキャラクターたちがボロくたになって不気味に鎮座していたり、丸くピンク色で書かれた文字やおとぎの国で戯れる子どもたちや動物たちの看板も経年劣化で退色するかボロボロになっていて怖すぎた。救急箱のCMもそうだが、VHS時代の恐ろしさはそのままそこの"おとぎの国の仲間たち"が時代が経ってボロボロになっても永遠にゾンビのように"幸せな"時間軸の中を無限ループしているみたいなところにある。

さらに恐ろしいことに、90年代はメルヘンとは対称的なグロい事件が頻発していた時期だった。そうした時代背景を知るとなおさらVHS時代の気持ち悪さが際立つものだった。

そして2000年代に生徒学生だった人はわかると思うが、教科書に載っている人の写真が明らかに古くてダサいVHS時代のもので、小学生低学年くらいなら配られるプリントが不気味なメルヘン仕様だったはずだ。そして、教育者の方針で平和の歌を歌わされたり「××ちゃん係」をやらされたことがあるはずだ。そういった経験は普通の子どもに深い傷を刻み、トラウマティックなものになる。

 

VHS時代を上書きした2000年代

2000年代は世の中が大変貌して洗練された時代だった。当然VHS時代はダサくて気持ち悪い悪夢そのものなのだから、やめようとなったのだ。これは2000年代の子どもや若者だけでなく若い大人もみな努めたことだ。完全にVHS時代のものを無くすというふうにはならなかったが、代わりに新しい時代で上書きすることにした。

大衆文化ではまずファッションを変えた。もさい髪型・すだれみたいな前髪・でかい眼鏡・原色系の服をやめて、男性なら逆だった茶髪の髪・女性なら健康的で清楚なショートカット・その他服装は欧米のパンク系ファッションや落ち着いたものになった。また子どものファッションも大きく変わって、それまでの大人のきせかえ人形として『パーマン』みたいなファッションをさせられていたのが大きく改善され今どき風になった。音楽や映像表現、ゲームもチープだった時代からかなり進化して2020年代現在でも全く遜色ないものだ。

2000年代はダサいVHSを克服した時代だった。まさに21世紀の幕開けにふさわしいことだった。

 

VHS時代回帰は防がないといけない

しかしながら、あろうことか2010年代後半・令和になってからはVHS時代に回帰する流れが生じているように思える。バブリーダンスが流行ったり、シースルーバングやツーブロックマッシュヘアー(坊っちゃんヘアー)のトレンド化、「エモい」としてわざとVHS風の写真や映像をSNSに投稿したり若者を中心に危険な傾向だ。海外だとベイパーウェーブが流行った。彼らの多くはVHS時代の遺物を怖がった2000年代の子ども・若者ではなく、2000年代に生まれてVHS時代をむしろ斬新に感じる世代だ。VHS時代回帰は絶対に良くないことなのだ。